白蛇の化身であった『お浪』と『龍神』を祀る寺 麟祥院 

西都市に大銀杏で有名で、『銀杏の木寺』と呼ばれてきた曹洞宗のお寺、 麟祥院があります。 

1.宮崎の巨樹百撰にも選ばれた大銀杏

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2.大浪池に伝わる『お浪』の伝説
 鹿児島県の霧島山にある大浪池には、白蛇の化身であった“お浪”の伝説が残されています。
『お浪とは子宝に恵まれない夫婦が水神に祈願して授かった娘でした。 年を経てお浪が年頃になると、両親が知らぬ間に家を抜け出してどこかへ出掛けるようになり、不審に思った父親が夜中に見張っていると、お浪がふらりと外へ出て白馬にまたがって消え去ってしまいました。 結局、事の真相を知られてしまったお浪は、自分の正体が大浪池の白蛇であることを告げて池の中に消えてしまいます。』 

 この伝説は近隣各地に残されていますが、麟祥院もその中の一つです。 大浪池に消えてしまった娘のことが忘れきれない両親は二人して池にまでやって来て、大声で娘の名を呼びました。 すると池の中からお浪が姿を見せ、これが最後の別れですと告げました。 しかし両親がさらに名前を呼び続けたところ、再びお浪は姿を見せますが、目の前で大きな白蛇に姿を変えてしまいました。 その姿を見て、さすがの両親も泣く泣く池を離れていきました。
 故郷に戻った両親は、池へ行くために杖代わりに使った銀杏の枝を寺に植えました。 すると、その枝はみるみる大きくなり、立派な銀杏の大木になったそうです。
 この銀杏の木が、麟祥院の境内にある銀杏であると伝わっています。 現在、銀杏の木は幹周り約9m、高さ17mあまりの巨木となっており、麟祥院の別名である「銀杏の木寺」の由来ともなっています。 

3.銀杏の木の空洞に祀られた観音菩薩

 さらにこの銀杏の木の根元あたりは大きな空洞となっており、観音菩薩(注)が祀られています。 その菩薩像をよく見ると、足元から腰にかけて一匹の蛇が絡みついているのがわかります。 かつてお浪の両親は銀杏の木の根元に娘の墓をこしらえたと伝わっており、この観音像もお浪のために祀られているようです。
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(注) 現在の観音菩薩は、ここの大銀杏の木から切り取られた銀杏の木を彫って造られています。

4.大浪池の龍神を祀った祠

  麟祥院は219号線に面しており、来客用駐車場の南に鳥居があり、祠は30m程奥になります。
 祠入口の鳥居には『龍神』と書かれています。
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 入口の奥に見える祠
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 祠の正面
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 祠内部
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5.三輪山伝説との関連

 このお浪の伝説には、三輪山伝説を重ねてしまいます。
 『三輪山の伝説では、大物主と倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)が結婚しました。 大物主は闇にまぎれて毎晩通ってきて姫に姿を見せようとは決してしませんでした。  ある時、姫が「あなたの正体を知りたい」と言うと、大物主は「明日の朝に姫の櫛を入れる小さな箱にいることにする」と宣言。  そして朝になり、姫が小箱を覗くと中には美しい小さな蛇がいました。  姫が驚くと、大物主は馬鹿にされたと怒り、山に帰ってしまい、恥じた姫が尻もちをつくと、たまたまそこにあった箸がホト(女陰)を突いて死んでしまいました。  その為、姫が埋葬された三輪山の麓にある古墳は「箸墓古墳」と呼ばれ、日本最古の前方後円墳の可能性がある古墳となっています。  古代エジプトでも蛇は男性器を表し、 つまり、「三輪山の神である大物主が怒って山に立て籠った後に大和朝廷のシンボルである前方後円墳が誕生する」という、大物主から初期大和朝廷への主権の委譲があった事を推測させる話』です。 
 大浪池は霧島の高千穂の峰の麓の皇子原から近い位置にあります。

参考 当ブログで今迄に取り上げた龍神様を扱った投稿

 2016/10/14 瀬織津姫の速川神社へ
         http://23871594.at.webry.info/201610/article_1.html
 2017/08/28 速開都比売神社と伊吹戸主神社へ
         http://23871594.at.webry.info/201708/article_2.html
 2017/099/11 日向の統治者が君臨した西都原台地南に位置する三宅神社
         http://23871594.at.webry.info/201709/article_2.html

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