尾八重神楽編集後記 壱岐宇多守の足跡

尾八重神楽については前回のブログにて綴ったが、今回は西都市の歴史を考え直す意味から壱岐宇多守について再度取り上げます。

   1.京から日向に下向した壱岐宇多守とは
 壱岐宇多守は『鎮西西志麻壱岐、原一姓也、清和源氏より出ずる』とあり、日向国三宅に八十八町の知行を授かり国分の地に社人として迎えられたとされています。 
 壱岐宇多守は、現在の西都市妻萬(都萬)神社に社人として奉仕、易事にも秀で、権威ある神主であったと云われています。

(参考) 知行地八十八町は、凡そ九百石程度で現在の年収一億弱に相当します。 又壱岐宇多守は、壱岐月読神社、京都月読神、松尾大社との関連が推測され、実際に29年5月に尾八重神社宮司他が京都松尾大社、月読神社を参拝し壱岐氏のルーツ調査を行っています。
 
 旧尾根沿いの山道を整備した九州自然歩道(注)『しあわせ峠』から見下ろした、一つ瀬川流域、壱岐宇多守の住まいがあった穂北 城山地区(中央部一つ瀬川の左岸) いずれも大部分が壱岐宇多守の知行地です。
画像

 同じく、中央の西都原を含む三宅の知行地一帯
画像

 『しあわせ峠』の真下に瀬織津姫を祀った速川神社があります。

(注)実際には、長谷観音への登る坂道手前から長谷観音周辺までが九州自然歩道に含まれる道路で、長谷観音から児原稲荷までの約20kmは西都市の管理する林道となります。
 
   2.湯之片を永住の地と定め、神楽伝習所を設立
 壱岐宇多守は神主してのみでなく、法者として研鑽を深めるため修験者となり、米良山中湯之片の地を安住の地と定め、移り住むことを決意、湯之片神社を世襲し、当地に神楽伝習所を設けて普及させたと伝えられています。 その為、尾八重神楽では修験色が強く、特有の鎮魂動作と烏を使鳥として崇めるため『返閇(ヘンベ)』:「カラス飛」といわれる所作が見られます。

 林道長谷・児原線『しあわせ峠』から、尾根沿いに2km程進むと三納小学校片内分校跡があります。
画像

画像

 この分校が、速開都比売神社のある下片内地区から一つ瀬発電所のある片内地区に至る地域の児童が通っていた分校です。 分校の手前に下片内に下る旧道、先に片内地区に下る旧道があり、その道を利用して児童が通っていました。
対岸の山が、宇多守が永住の地と定めた尾八重へ続く山並みです。
画像

 宇多守自身は、居宅のあった山城からは同様に杉安橋北から旧道を尾根沿いに、『平八重』⇒『湯の久保』⇒『湯之片』と進み尾八重方面に通っていたと考えられます。(北の尾根ルート) 一方、都萬神社から西都原を経て西に下ると周堀などから円筒埴輪や朝顔形円筒埴輪が出土した松本塚古墳のある松本古墳群脇を抜け、『湯牟田』集落、『湯場の元』集落を通り、長谷観音脇を通り、しあわせ峠へ上ると速川神社上から一つ瀬川南の尾根沿いの古道となります。 
この道から『湯の内』を抜けて、川を渡り『湯の久保』経由で『湯の片』へと続く道もあります。 
 つまり、西都原から西に下って南から『湯之片』に向かう場合は『湯牟田』⇒『湯場の元』⇒『湯の内』⇒『湯の久保』⇒『湯の片』となります。(南の尾根ルート)
(参考)
 湯の内:2017/08/28ブログ「速開都比売神社と伊吹戸主神社へ」参照
 http://23871594.at.webry.info/201708/article_2.html
 湯場の元:2012/04/29ブログ「コーヒー・水割りに最適な温泉水」参照
 http://23871594.at.webry.info/201204/article_4.html
 西都原:2012/05/07ブログ「西都原古墳群について」参照
 http://23871594.at.webry.info/201304/article_2.html

 都萬神社と壱岐宇多守が永住の地と定めた『湯の片』、及びそこに至る途中の集落はいずれも『湯』で始まる地名であることも興味深く思います。
 
   3.妻萬(都萬)神社社人との神道対決
 宇多守の『三歳和銅の儀、是をどう説明するか』との問いに、妻方の社人は『月は二十八夜(宿星)で終わる為、二十九夜に月はない』と返しました。 更に宇多守が『月の蘇生は三十三夜に甦る。 即ち女躰に例え、日、月の和銅(三歳の儀)を以って蘇生する。』と解き『躰人倫を三十六の運命なり』と問々返すその時、宇多守は『東の空に見えるは何だ、あれこそ三十三夜の月なり、願い事があれば、あの月に祈れ』と持っていた日の丸の扇を翳し仰いだそうです。 その様子を見ていた妻方の民衆が『妻方の社人が宇多守に負けた』と騒ぎ出しました。 

(参考)
三歳の儀: 別名 髪置き(かみおき)の儀 数え年で、女の子は3歳に、晴れ着を着て神社・氏神に参拝して、その年まで無事成長したことを感謝し、これから将来の幸福と長寿をお祈りする行事。 もともとは宮中や公家の行事
鬼宿日: 「二十八宿」の『鬼宿』にあたる日のことです。 「二十八宿」とは、天宮(地球を「中心として惑星や恒星の位置を表した球体)を西から東に、月が地球を一周する間に通過する28個の星座の事です。 鬼宿日は、鬼が宿に居て外を出歩かないといわれ、鬼に邪魔をされず、(結婚以外は)何事をするにも良い吉日とされています。
和銅年間: 和銅8年元明天皇(女帝)が皇女(元正天皇)に皇位を譲って同日太上天皇となりました。 女性天皇同士の皇位の継承は日本史上唯一の事例です。 和銅5年には天武天皇の代からの勅令であった『古事記』が献上されました。

   4.都萬神社社人、民衆に槍殺された宇多守
 その後も、宇多守は妻萬神社に出向奉仕をしていました。 しかし、妻萬方民衆の恨み、殺意を感じ妻萬神社境内の楠の木に登り身を隠しましたが水面に我が身が映ったため、槍で殺されてしまいました。 
 宇多守撲殺後、妻地方に災難が度重なり、法者に占ってもらった結果『権威ある壱岐宇多守を槍殺した事による祟りである。 災難を治めるには宇多守を鎮め祀れ』とのお卦が出て、妻萬方の社人と民衆により、妻萬神社境内の楠の木の根本に清水でる所あり、そこに祠を造り鑓三権現として鎮め祀られています。

 都萬神社の楠の木(2012/04/29ブログ「都萬(つま)神社」参照)
 http://23871594.at.webry.info/201204/article_3.html
 
画像

 清水の湧き出るところ、生産河(シュサンゴ) 滑らかな大きい石をなでると子宝に恵まれるとされています。 (2012/04/29ブログ「都萬(つま)神社」参照)
画像

 『鑓三権現』祠 都萬神社では乳神様としています。 (2012/04/29ブログ「都萬(つま)神社」参照)
画像

 子宝に恵まれる石、お乳の神様、いずれも壱岐宇多守を象徴しており、月読神社との関連も窺えます。

 宇多守が妻萬神社社人と対決した際の『月の蘇生は三十三夜に甦る。』は女性の体のサイクルを指していると言われます。
 女性は33日、33年
 尾八重神楽では『33』がキーワードとなっております。
 ① 壱岐宇多神の槍殺謂意を元に神庭の神幣36本の謂意を込め、同時に神の柱に33本麻緒結
画像

 ② 33番の舞が奉納されます。

 雑学 廓の語源は古代の神祭
 遊女の語源は『阿曾比』で、もともとは神事に奉納する歌舞音曲のことだと云われています。 歌舞音曲を担当したのは、采女(ウネメ)、或は巫女(ミコ)でした。 共に『遊び』をする女ということで、『遊女』の文字があてられるようになったそうです。 彼女らの多くは未婚の少女、つまり『姫:比女』であったから、帝が『日の御子(ヒノミコ)』と呼ばれるのに対して『日女(ヒメ)』と呼ばれました。
 この日女が、日の御子をお迎えするのが神婚儀式であり、豊饒と繁栄を祈る宮廷神事の際に行われました。 つまるところ神婚儀式とは、客人(マロウド)神=日の御子を迎えた遊女が、神と『あそび』(歌舞音曲)をして一夜妻になる行事をいいます。 昔より寺社の前には参拝客を相手にする街(廓)ができる事から、そこで客を相手にする女のことを『日女』になぞらえて『遊女』と呼ばれるようになったと云われています。

 もう一つ思うのは、神楽を伝習した壱岐『宇多守』、「うたのかみ」は「うたのかみ」でも壱岐『雅楽守』ではなかったのかとも思います。

 下片内の湯の内に瀬織津比売の姉神であるとして速開都比売を祀った速開都比売神社(注)、鳥巣に瀬織津比売を祀った速川神社 どちらも祭神として祓戸四神が祀られています。 いずれも尾八重の湯之片神社の祖となった鑓三権現、壱岐宇多守の思想が受け継がれているような気がします。
(参考)
 速開都比売神社:ブログ2017/08/28 「速開都比売神社と伊吹戸主神社へ」参照
 http://23871594.at.webry.info/201708/article_2.html
 速川神社:ブログ2016/10/14「瀬織津姫の速川神社へ」参照
 http://23871594.at.webry.info/201610/article_1.html

写真は速開都比売神社 修験霊場大滝(百間轟の滝)
画像

(注 後日談)
 後日、速開都比売神社のある下片内地区は、壱岐宇多守の子孫である壱岐の姓を名乗る方が多数暮らしていた地域であることも判明しました。


 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

  • 秋谷謙太郎

    三宅在住の者です
    とても勉強になりました

    ありがとうございます
    2018年02月16日 02:48

この記事へのトラックバック